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洪庵の著作

医学者「洪庵」

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管理人:ミホノコウアン
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代表作「病学通論」

洪庵には代表作と呼ばれる著作がいくつかありますが、この「病学通論」はその中でも特に代表作といわれる3つの著作のうちで、初めて刊本されたものであり、蘭学が圧迫されていた社会背景を考えると、刊行までは様々な困難があったと推測される著作です。

この著作のきっかけは、天保5年に宇田川榛斎から病理学書の編述をまかされたことによりますが、当時、日本においてはほとんど未知の世界であった病理学を、様々な学説を統合して紹介する内容となっており、苦労の跡を垣間見ることができます。

たとえば、タイトルひとつとってみても、実に3回も変わっています。

もともとは榛斎がある程度まとめていたものであることから、最初は「遠西医鑑病機編」とし「榛斎先生遺稿 受業 緒方章刪補校正」という言葉が入れられていました。
次に「遠西原病約論」とし、「原于 榛斎宇田川先生遺稿 緒方章公裁訳述」となります。
そして、この2つをまとめた決定版が「病学通論」となるわけです。
さらに言えば、タイトルが変わるたびに内容も吟味が重ねられており、それぞれのタイトルで、それぞれの内容のまま、当時の蘭学者たちの間に広まっていった形跡が見てとれます。
「病学通論」は今で言う"病理学総論"になりますが、今日の病理学からすれば間違っていたりする部分も多々あるようです。しかし、洪庵によって綿密に練り上げられた理論はなかなかのものであり、わが国最初の病理学書であるということから、歴史的に大きな意味を持っているといえます。
また、これは洪庵にとっての処女作でもあることから、「自序」「題言」を含まれており、この作品を出すにあたっての洪庵の心情が綴られているといえるでしょう。

 

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