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管理人:ミホノコウアン
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洪庵の家系

緒方洪庵は、一生を通じて"緒方洪庵"だったわけではありません。

洪庵に最初につけられた名前は、"田上?之助(たがみせいのすけ)"でした。
父親の名前は佐伯惟因、兄は佐伯馬之助。

不自然なようですが、洪庵が最初につけられた名である田上姓はその時の家族が誰も名乗 ってない姓でした。

実は、これは洪庵の家系に関係があります。

もともと、洪庵の先祖は、九州の豪族であったといわれています。
九州は豊後に緒方三郎惟義という豪族がいて、源平合戦における源氏方の功労者として、 今も地域にその名を残している武将ですが、彼こそがまさに洪庵の先祖であるといわれて います。
そして、彼の数代後の子孫である惟康という人が佐伯荘というところに住みつき、以降、 土地の名を取り佐伯氏を名乗っていました。

この佐伯惟康が、洪庵の生まれた佐伯家の初代ということになります。

佐伯惟康以降、豊後の大友氏に仕えていたのですが、1600年を前にして大友氏は没落、佐 伯一家も一家離散の状況になってしまいました。
このときの当主(惟定)の弟である惟寛が途中安芸を経て岡山の足守に移住し、彼が足守 佐伯氏の初代となります。

では田上という名はどこから出てきたかというと、足守に移住した惟寛の子、弘直が田上 姓を名乗っていたという記録があり、洪庵の幼名"田上?之助"も、ここからとられたので はないか、ということです。

研究者の方いわく、この田上姓というのも緒方性にゆかりのある姓なのだそうですが、詳 細は不明です。

ちなみに、洪庵が緒方姓を名乗ったのは、17歳のころからです。


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