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医学者「洪庵」

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管理人:ミホノコウアン
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代表作「虎狼痢治準」

洪庵の3つの代表作のうちの1つになります。
安政5年、長崎から流行し始めたコレラが、江戸や洪庵の住む大阪で大流行しました。
コレラというのは今の呼び方であって、当時の人たちはあまりに人がコロリと死んでしまうので、"コロリ"と呼び恐れていたそうです。

確かに、虎狼痢というのはコロリと読めますね。

コレラは当時、さほど認知されていた病気ではなく、医者たちも有効な治療法がわからず困リ果てていました。
当時、コレラについて医者たちが頼るものは、幕府が招いていた外国の医師ポンぺの治療法か、洪庵が訳し写本などの形で広まっていた『扶氏経験遺訓』の中のコレラの章くらいだったようです。

多くの医者は実際の治療法として伝わってきたポンぺの治療法を頼ったようですが、彼の治療法はキニーネを使うものであり、あっというまにキニーネが不足し出回らなくなってしまいました。

『虎狼痢治準』は、こうした状況を打開しようと、洪庵が急きょ対策書として世に出したものです。

この本は、当時、コレラについて書かれていた『モスト』『カンスタット』『コンラジ』という3つの書物を洪庵が訳しまとめたもので、洪庵の経験則を交えながら症状や治療法が詳しく解説されていました。ゆえに治療法の見いだせない多くの医者にとってはコレラの治療指針ともいえるものであり、社会への貢献度は高かったようです。

急いで書き上げたことと、内容的に当時多くの医者が頼りとしていたポンぺの治療法を批判している文面が見受けられたため、後に批判されたこともあったようですが、洪庵は素直に過ちを認め、謝罪し、批判のあった部分を後の治準におりこんで配布しました。
こういうところからも彼の実直な人間性を垣間見ることができます。


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