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医学者「洪庵」

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管理人:ミホノコウアン
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洪庵の性格

「先生の平生、温厚篤実、客に接するにも、門生を率いるにも、淳々として応対倦まず、誠に類まれなる高徳の君子なり。」

これは、洪庵の門下生である福沢諭吉が語った洪庵についての人物評です。

生まれつき体が弱く、病気がちであったということも遠因であったかもしれませんが、洪庵は怒りをあらわにしたり門下生を叱ったりなどということがほとんどない、穏やかな人柄であったようです

また、何事にも礼を尽くす人であり、自分の親や妻の両親、そして何よりも師匠に対して非常に真面目にかつ謙虚に接していたようです。

こうした性格なので、洪庵は非常に可愛がられ、また信頼もされていたそうです。現に、坪井信道は自分の後継者を洪庵の適塾に送って洪庵の教育を受けさせたりもしていましたし、宇田川榛斎は病理学書の編述を任せています。

また、笠原白翁から種痘の種を分けてもらった際も、そのもてなし振りから、洪庵のへりくだった、おごらない人物像が後世に語り継がれています。

しかし、反面、医術を仁術とし、「道のため、人のため、国のため」という信念を貫き、凛とした、毅然とした姿も見られ、仁術を解さぬ門下生には厳しくあたり、破門にしたりもしています。
こういう硬軟自在なところに、洪庵の人間としての芯の強さが表れているといってよいでしょう。


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