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医学者「洪庵」

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管理人:ミホノコウアン
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修業時代(江戸〜長崎)

洪庵は父惟因についていく形で大阪に出て、それがきっかけで蘭学者としての人生を歩むことになったのですが、大阪から江戸に出た洪庵を追うようにして、父惟因も江戸詰めを命ぜられました。

つまり、江戸で惟因、洪庵親子が生活していたわけですが、洪庵が信道の元で修行に入って4年がたったころ、父惟因が江戸詰めの任を解かれ休息を与えられたことがきっかけで、二人は江戸をたって故郷足守へ帰郷することになりました。1835年2月20日のことです。
ちなみに、彼らは3月12日に足守に着いたとの記録が残っていますから、東京から岡山を徒歩で20日間程度で帰った計算になります。

洪庵が足守に帰ってすぐに、洪庵の最初の師であった中天游がなくなりました。
強い師弟関係で結ばれていた洪庵はひどく悲しみ、大阪にすぐに出向き、天游の塾でしばらく蘭学を教えることにしました。

そしてその翌年、洪庵は蘭学の拠点ともいえる長崎で修行すべく、大阪をたったのでした。


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