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適塾

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医学者「洪庵」

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管理人:ミホノコウアン
歴史の勉強にはまりつつある38歳。趣味は競馬。思い出の馬はミホノブルボン。
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適塾の特徴

適塾がある前も、当時の蘭学者たちによる私塾は珍しいものではありませんでした。
しかし、洪庵の適塾は学級分けし、勉強の習熟具合によって進級させるなど、組織的な教育したことで後世から多くの注目を浴びることになります。

まず、塾を統括する者として塾頭が設けられ、その下に塾監という役がありました。
学級わけは7級〜8級に分けられており、入学したての者が割り当てられる初級から、最高である最上級まで設けられていました。

各級は15人前後からなり、それぞれがほぼ5日〜6日に一度の割合でテキストに書かれているオランダ語の解読を行う、会読という問答試験のようなものがありました。会読をする際には塾頭や塾監、1級生などが会頭になって会読を受け持ち、会読の結果を見て会頭が各人を採点する、というものでした。
この会読での採点結果で3ヶ月間連続で首席を取った者が上級へ進級できるという具合です。
現代の進学塾のような仕組みを江戸時代末期の適塾は採用していたわけです。


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